0

2025年9月23日(火)に第5回フロントランナーセミナーを開催いたしました。オンラインでの開催により、全国各地から沢山の方々にご参加いただきました。司会は本研究所研究員の近藤るみ准教授が担当いたしました。

 


最初の講演は、廣瀬 史子様(宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究領域主幹)に「人工衛星や探査機の運用を支えるエンジニアたち」というテーマでお話しいただきました。JAXAでは軌道力学の専門家として、探査機が目的の惑星を周回・地球に帰還する際の軌道の計算を行っていらっしゃいます。

子どもの頃から宇宙が好きだったけれども、具体的にどうすればその夢に近づけるかは知らなかった廣瀬様。しかし高校1年生の時に、夏休みの宿題で将来就きたい仕事を調べるという課題をきっかけにNASAの事業所のうち5箇所ほどへ「宇宙で働くにはどうしたらいいですか?」と手紙を送りました。1箇所からだけでも返信が来たらいいなと思っていたところ、全ての事業所から分厚い封筒が届き、特にそのうち1つには引退したNASAのエンジニアからの手紙も入っていたといいます。その手紙では基本的な勉強を一生懸命にやるよう、アドバイスが書かれていました。その言葉に従って苦手だった理科を猛勉強して物理学科を目指しました。そして、お茶の水女子大学理学部物理学科に入学してからは、毎年1つは大きなチャレンジをするという目標を掲げて、短期留学や交換留学制度を利用して語学を磨き、NASDA(宇宙開発事業団,JAXAの前身)の学生向けの募集へ応募して国際宇宙学会に参加するなど、多くの経験を積みました。今の仕事では電気やアンテナ、エンジンなど、さまざまな専門分野の人がいるので、わかりやすく説明する能力が求められ、いろいろな人と知り合うことができた学生時代の経験が活きていると感じていらっしゃいます。

JAXAで携わられた金星探査機「あかつき」について詳しく伺いました。2010年に金星探査機「あかつき」が打ち上げられ、2015年に金星の周回軌道への投入で軌道設計に携わられました。周回軌道を決めるにあたっては、地球との通信を保ちながら、太陽光発電で動くバッテリーの時間的制約を考慮し、かつ気象の観測のために金星の東西方向の雲の動きに合わせた方向へ動く必要があり、これらの条件をクリアする軌道を設計するのは大変だったといいます。

 


次の講演は、小鷹 ティナ様(フランス国立海洋研究機構(IFREMER)海洋研究所)に「みんなのデジタルツイン〜好奇心を仕事に〜」というテーマでお話しいただきました。現在はIFREMERで海洋学研究者が研究をしやすくするためのビッグデータの整備に取り組まれています。

小鷹様は化学が大好きで、お茶の水女子大学理学部化学科に入学、博士前期課程まで量子化学研究室に在籍していました。育った場所は海から近い場所でしたが、今のように海の研究に携わるとは思ってもみなかったといいます。学生時代にはずっと研究室にいる生活を送りながらも、時々、海外旅行や種子島宇宙センターのロケット発射場見学に応募して見に行ったり、夜中まで研究した後に遊びに行ったりと勉強も遊びもバランスよくされていました。こうして多様な場所へ行って、いろいろな人と話した経験は今にも活きているそうです。博士前期課程を修了する際には、製薬会社でバイオインフォマティクスに関わる仕事をすることが決まっていましたが、ドイツの先生との共同研究の話があったため、6ヶ月だけという条件で博士後期課程での研究を始めました。しかし、6ヶ月では終わらず、またお茶の水女子大学とブレスト大学の共同博士号の扱いになったため、そのままドイツで研究を続けることができました。博士後期課程を修了後、博士研究員としてブレスト大学で働いていらっしゃいました。

現在働いていらっしゃるIFREMERは日本でいうと、FRA(独立行政法人水産総合研究センター)とJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の両方の機能を持つような、海洋研究に関する全般を担っているフランスの国立機関で、海の再生・持続可能な開発・海洋データを活かした国民への還元を謳っています。この所属機関と、EUの省庁が主導するデジタルツイン化を促進するプロジェクト(DestinE)の共同プロジェクトとしてGFTS(Global Fish Tracking System)があり、魚のバイオロギングデータ(水温・深度などの移動データ)を収集しています。小鷹様はこのデータをコンピュータ上で計算して回遊ルートを推定したり、Pangeoという海洋物理や大気研究の研究者が使っているツールを生物学の人も使いやすくなるようにしたりと、いろいろなプロジェクトに参加されています。

 


最後の講演は、スオミ 文美様(ヘルシンキ大学医学部STEMM RPU(Stem Cells and Metabolism Research Program Unit) 研究員)に「ミトコンドリアDNA複製異常がもたらす神経・筋疾患の解明」というテーマでお話しいただきました。

スオミ様は幼少期から科学番組が好きで、生物進化や気候の話に興味を持たれていました。科目としては文系学問の方が得意で、数学は苦手としていらっしゃいましたが、理系だと選択肢が広がって良いと思い、理系へ進学されました。大学生の時に酵素の授業でそのダイナミックな話に感動し、生命がどう機能しているのか、という関心が強かったこともあって分子生物学の研究室に進まれました。

京都大学大学院博士前期課程の在学中にノルウェーへ短期大学に行かれました。2ヶ月間の留学で分野は違いますが、カビの概日リズムに関する内容を学ばれました。現地では英語が通じて、そして日本で身につけた分子生物学や遺伝学の知識のおかげで問題なく授業も理解することができ、安心したといいます。この出来事をきっかけに博士後期課程は海外で取ることを視野に入れるようになりました。新しい環境に慣れるにはエネルギーが必要なので、海外へ行くなら若いうちがいい、と思ったのも要因だったといいます。

現在はミトコンドリアのDNA複製に関わる酵素であるTwinkleに異常を起こした網膜において、血管が異常に発達し、糖尿病に似た現象が起こることに着目して、この現象を糖尿病の視覚異常の治療に役立てようと取り組まれています。今の職場では医師として実際にミトコンドリア病の患者さんと接しながら研究をしている同僚もおり、刺激を感じているといいます。

講演ではオンラインならではの新たな試みとして、リアルタイムアンケートツールを用いて参加者と双方向に活発なやり取りも行われました。最後に、研究者という仕事は夢中になることのできる魅力のある仕事であり、若い時に海外に出ると新しい価値観に出会うことができてその後の考え方に影響すると思うので、やりたいことにぜひ踏み出して、挑戦してほしいとおっしゃっていました。