2022年10月16日(日)に「第1回基礎研究から未来の農業を目指すベンチャー創業へ ―生物学からイノベーションを―」を開催いたしました。今回は、オンラインと対面でのハイブリッド開催ということで、現地ならではの臨場感がありながらも、全国各地から沢山の方々にご参加いただきました。司会はお茶の水女子大学 理系女性育成啓発研究所 所長の加藤美砂子教授が担当いたしました。
講演の部
野田口 理孝様(名古屋大学 生物機能開発利用研究センター准教授・グランドグリーン株式会社取締役)にご講演いただきました。
植物は、環境・食糧・エネルギー・文化など人間生活に大きな影響を与えています。野田口様は、深刻な環境問題に直面する中で、人類の生命と生活を支える植物を持続的に守りたいという思いから「接ぎ木」研究に取り組まれてきました。接ぎ木とは、2種類の植物を繋げて育成させる方法で、2000年以上も前から農業利用されている技術です。接ぎ木をすることで、耐寒性や耐病性などを付与することができるそうです。しかし接ぎ木には①近縁の限定的な植物の組み合わせでしか接ぎ木できない、②手作業による生産に限られる、といった制約がありました。
野田口様は接ぎ木研究をする中で、タバコ属の植物が他科の植物と接ぎ木できることを発見しました。この現象を面白いと思った野田口様は、タバコ属の接ぎ木能力がどの範囲の植物まで適用されるのか、他科との接ぎ木はどういったメカニズムで可能になっているのかを明らかにする研究を始めました。その結果、タバコ属はアブラナ科、マメ科といった主要な作物を含む広範な植物との接ぎ木が可能であることを明らかにしました。さらに、タバコ属と他科との接ぎ木断面では、組織の接着の鍵となる因子「β-1,4-glucanase」という細胞壁を消化する酵素が分泌されることで組織が繋がり、接ぎ木が可能になっていることが分かりました。この研究を応用して、タバコ属を介さなくてもβ-1,4-glucanaseを断面に塗布することで異なる科の植物を接ぎ木することができる「異科接木」が可能になりました。
さらにこの異科接木を農業において実用化するために、野田口様は接ぎ木チップと接ぎ木機械の開発に着手されました。従来は手作業で行っていた接ぎ木を、この装置を使うことによって8倍のスピードで行うことができるようになったそうです。この過程で名古屋大学発のベンチャー企業「グランドグリーン株式会社」を起業され、接ぎ木チップ開発など、研究成果を未来の安定的な食糧生産のために還元する事業をされています。
起業にあたっては、周囲の人に研究の成果や技術の有用性を理解してもらい、力を貸してもらえるように説得することに苦労されたそうです。食糧問題・地球環境問題という待ったなしの社会課題を解決していくには、膨大な専門知識・技術をもつ研究者がさまざまな人と協力しながら、「“問題”を探してそれを解決する」ことが重要だとのことでした。
質疑応答
ご講演の後、質疑応答の時間を設けました。講演中・講演後に、参加者の皆様から挙手またはチャットから質問をお寄せいただきました。今回も対面会場・オンライン双方の参加者から多くの質問があり、ハイブリッド開催ならではのにぎやかな交流ができました。参加者からは接ぎ木のより詳しいメカニズムや、起業や成果発表に際したプレゼン力の鍛え方についてなど多くの質問がありました。参加者の皆さんにとって、生物科学への好奇心を深め、社会課題解決のために科学的な専門知識・技術が活かされていることを実感できる機会になったのではないでしょうか。