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2024年8月4日(日)に「第4回 女子生徒の理系への進路選択支援を後押しするために」を開催いたしました。オンラインで開催し、全国各地から多くの方々にご参加いただきました。
今回は、理系に進むことで得られるコンピテンシー(資質・能力)や理系分野の女性を増やす意義について教員・保護者の方に知っていただくために2名の先生方にご講演いただきました。

 


最初の講演は「理系の学科でデザインする未来の自分」をテーマに、押尾恵吾 先生(お茶の水女子大学 コンピテンシー育成開発研究所 特任助教)にお話しいただきました。

コンピテンシー育成開発研究所は2022年4月に設立され、大学生のコンピテンシーを伸ばす活動を行っています。コンピテンシーとは社会の中で活躍し、幸福な人生を送るために必要な力、資質・能力を指し、人と関わる力や自分を律する力、考える力・ものを創り出し、改良する力を含みます。

この文系理系問わず必要となるコンピテンシーとは、人生においてよりよい選択をするための道具のようなものであるといいます。例えるなら、「紙を切る」という行為をするときに、「手で切る」などの選択肢もありますが、私たちはさみの使い方を幼少期から身につけることによって「はさみを使って切る」という選択肢をとって、効率的かつ綺麗に紙を切ることができます。つまり、同じ結果を出す時にも道具を利用することで楽になるといえます。コンピテンシーの育成とは、このように、はさみの使い方を習得する過程に似ていて、人生において道を切り拓くための根本となる力や思考法を身につけ、それを活用するということです。

生きていくにあたって、人によって目標や、やりがい、乗り越えるべき事柄は異なります。それに従って、どのようなキャリアを描くのかも人それぞれになります。こうした個々人の価値観とそれを形成するに至る経験の掛け算によって、強みや弱みを含めた自分らしさというものは形成されていきます。

理系を選択するということは、文系とは全く違う経験をすることになります。例えば、研究活動では問題提起から検証、分析、改善点の指摘という思考のサイクルを回し、論理的な思考力を養うことができます。実験では仮説通りの結果が得られず、壁にぶつかったり、同じ実験をするグループの仲間で馬が合わない人が出てきたりするかもしれません。そうした時に、問題解決のために人と協力して、アイデアを出し合い、合わない人とも最後まで一緒にやり通す力が育まれます。

このような理系における経験と、そこで養った力は、たとえ将来的に専門分野と直接的に関係しない分野で仕事をすることになったとしても、きっと役に立ちます。男女を問わず、理系への進学を選択することでしか得られない経験というものはあり、それらを経験することを通じてコンピテンシーを身につけることに意義があるのだとおっしゃっていました。

 

次に「家族と先生は女子生徒の理系進路選択のキーパーソン」というテーマで、稲田結美 先生(日本体育大学 児童スポーツ教育学部 教授)にお話しいただきました。

稲田先生は理学部で分析化学をされていて、学生時代は実験漬けの日々を過ごされていたといいます。卒業後は公立中学校の理科教員になり、そこで生徒が「女性の先生が理科を教えている」ことに驚く反応を見るなどして、一般には「女子は理科が苦手」というイメージが蔓延していることに衝撃を受けます。
なぜ女子が理科学習から離れてしまうのかを疑問に思ったのをきっかけに教員を辞め、博士課程で研究をはじめられました。

今回女子生徒への理系への進学を後押しするイベントであるということで、まず理系に女性を増やす意義があまり理解されていない現状にあるが、実際には理系にも女性が必要な事例を挙げられました。理系の学部における男女比率を見た時に、特に工学部系における女性比率はとても低いです。例えば、冷凍冷蔵庫を利用する人の中には女性も多くいます。昔は、開発側に男性が多かったためか、冷凍庫が一番上についており、女性には使いにくい仕様でした。それが、現在では下部に冷凍庫を設置し、引き出しにすることによって、背の低い女性でも上から覗き込んで確認ができるようになっています。このように、開発現場に女性の視点が入ることに意義があるのです。

「嫌がる女子を無理に理系に呼び込まなくてもいいのでは」という意見があることも承知しており、そうではあるのですが、そもそも理系的分野を女性が好むかどうか、というのも社会的・文化的に作られた性差であるかもしれないといいます。例えば、男の子は車などの玩具や運動が好き、女の子は人形遊びが好き、というステレオタイプが養育する側にあり、そのステレオタイプに合わせて接し方を変えているために、男の子は学校で理科を学ぶ前から科学的な経験を蓄えているのではないか、という点です。
海外の実験でも、それを裏付けるように幼い男児に女児用の服を着せたときや、女児に男児用の服を着せた時に、そのことを知らないベビーシッターが、その服が示す性別に合わせて、つまり女児用の服を着た男児の場合なら女児用の玩具を与えるなど、接し方を変えていた、という結果が得られています。

こうした幼少期の刷り込み以外にも、理科の教科書では男子の方が女子よりも積極的に実験に参加する描写や危険な行為をしてしまう描写があること、小学校の先生には文系が多数派であることから女性の教員が自信のない様子で理科の授業をしている様子を目にすること、実験で女子を先生が手伝ってしまって自力で解決するための時間が与えられず、芽が摘まれてしまうことなどが教育にみられる男女差を作り出す要因として挙げられます。

だからこそ、保護者や先生が女子の理系への進路選択に与えている影響力は大きく、促進のためには、そうした差を作り出すような言動をしてしまっていないかを省みる必要があるといえます。また、女子の将来の選択において、「人に関係する事柄に関心を示す」という軸をもっていることも多く、実際にはそうした要素を持っていても科学的分野がその軸と結びつけられずに選択肢に入らないということもあるため、そこの間の溝を埋めることも重要であると考えていらっしゃるといいます。

 

今回の講演が、「女性は理系に進みにくい」という偏見にとらわれることなく、理系に進む女子生徒の背中を押すきっかけになりましたら幸いです。


 

講演後の総合討論では、参加者から募った「数学が得意なため、就職の選択肢が多そうなイメージで、「工学部」を志望しても良いのか」「数学や理科が好きでも抽象的な概念が苦手な場合はどうすれば良いか」などといった質問に、押尾先生、稲田先生から具体的な返答を頂きました。保護者や教員だけでなく、これから理系選択を考えている中学生からも質問が寄せられました。