2024年9月29日(日)に第4回フロントランナーセミナーを開催いたしました。オンラインでの開催により、全国各地から沢山の方々にご参加いただきました。司会は本研究所研究員の近藤るみ准教授が担当いたしました。
最初の講演は、柳澤 実穂様(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)に「物理学という道具で生命現象を覗いてみよう」というテーマでお話しいただきました。ご専門は生物物理、ソフトマター物理と呼称される分野の研究でいらっしゃいます。
ご講演ではソフトマター物理と呼ばれる分野の概念と、研究内容の紹介をされていました。まず、ソフトマター物理とは、世の中の物質を数式で記述するのを物理学的手法としたときに、その手法を生体物質などにも用いる学問分野になります。つまり、簡潔にいうならば物理学で生物を研究する、というものです。
次に、ご研究では親水基と疎水基をもった脂質(リン脂質)を水と混ぜることで人工的に生成できる、細胞とよく似た、内部に水を含むことができる構造物(リポソーム)を研究対象とされています。この構造物は細かい成分は異なるものの、構造上は細胞と似通っていることから、これを用いて膜にはたらく弾性エネルギーを計算することで、実際の細胞における動態を物理学的に解釈することが可能になります。濃度や温度変化などの条件を与えることで起きる形状の変化を観測し、その際の弾性エネルギーを計算する、このような研究によって実際の細胞のウイルス侵入時の膜変形や、マラリアの進行時に赤血球に起きている現象を説明できる可能性があるといいます。
柳澤様がこの専門に進むまでには、紆余曲折があったといいます。高校生のときから生物に強い関心があり、物理を得意とされていたことから、学部3年のときには脳の物理学を研究したいと脳研究の専門家に相談されました。しかし、その時期には生物分野に物理の手法を持ち込むというのは比較的新しい分野であったこともあって、今はまだ別のことを学ぶべきだ、とアドバイスをいただいたそうです。そのアドバイスを踏まえつつも関心の近い物質科学の専攻に進学されて、そこでの学びや、高校までの興味関心が今の研究内容に繋がっているそうです。
多くの先端研究は複数の学問から得た知識や考え方をうまく融合することで発展しているため、無関係に思える学問が新たな視点をもたらしてくれることも多々あるといいます。高校時代に得意ではなくとも、好きな学問を大切してほしい、と生徒たちに力強いメッセージをくださいました。
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次の講演は、小根山 千歳様( 愛知県がんセンター研究所 分野長)に「がんの仕組みを追いかけて 」というテーマでお話しいただきました。
小根山様はがん細胞におけるシグナル伝達と、その機序を踏まえた抗がん剤の研究をされています。
正常な細胞においては欠損部分を補うために必要な分の細胞分裂を判断するため、隣接している細胞同士が、シグナルを出して、制御しています。しかし、がん細胞においては受容体から核まで情報を伝達する間にあるシグナル伝達分子の過程で異常が起きており、シグナルを受け取っていないのに受け取った印がついたり、シグナル伝達分子の数が増えすぎたりしています。
小根山様はシグナル分子であり、細胞の増殖や運動の制御に重要な分子であるSrcを研究対象とされています。このSrcは難治性のがんに至るまで多くのがんにおいて異常が見られます。これが異常になり、がんシグナルを発生する過程で、それを伝達するFerという分子に作用する化合物を見つけることで、新しい抗がん剤を作ろうとされています。また、Srcが活発化しているがん細胞から多く放出されるエクソソームにも着目して、それらを血液検査で検出することでがんの早期診断も目指していらっしゃいます。
小根山様は、小・中学生の頃からお菓子作りや実験に興味を持っておられ、高校の時は血を見るのが苦手だったため、大学の化学科に進学されました。学部3年の頃に三浦謹一郎先生の「DNAと遺伝情報」を読み、生命科学への興味が膨らんだといいます。そのため、学部4年の研究室配属の際に大学の附置研究所である蛋白質研究所での研究を選択し、梨が同じ個体の花粉で受粉できない理由を研究していました。しかし、修士の時に花房秀三郎先生の講演を聞いたことで、がん遺伝子研究に興味を持たれたそうです。
そして一度、企業研究者としての経験を経て、またアカデミアでがん研究をやりたいと思って、憧れの花房秀三郎先生の元で研究して今に至るといいます。
最後に、生徒たちに向けてのメッセージとして、様々な出会いによって、最初の選択から異なるキャリアを選びとった自身の経験を振り返って、好きなことを見つけて没頭すること、先のことを心配しすぎても計画通りにはいかないので自分の気持ちに素直でいることが大事だとおっしゃっていました。
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研究の最前線で働いているお二方のお話からは、研究者として活躍の場が多くあることを感じました。お二方が歩んでこられたキャリアのお話は、理系進学に関心を持っている生徒たちにとって、理系進学の後押しとなったのではないでしょうか。
講演後の質疑応答では、参加者はチャット機能を通して自分の言葉で講演者に質問を投げかけました。研究内容に関する質問など、多くの質問が寄せられ、オンラインながら講演者と司会者・質問者との間で活発なやりとりが行われました。