2021年10月23日(土)講義:13:30~16:40
森 義仁(お茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 教授)

「お茶大プロフェッショナルレクチャー」(P講座)として、本学基幹研究院 自然科学系教授 森 義仁 先生に「男女共同参画と途上国支援に関する科学・技術コミュニティの変容の事例」のタイトルでご講義いただきました。

事前に森先生からあるものを組み合わせて新しいものを創り出す「プリコラージュ」を体感する実験課題が出され、受講者はこの実験を通してさまざまな「不思議」を体感したうえで講義に参加しました。森先生は自己紹介として本学着任後に男女共同参画やジェンダー、途上国支援にかかわる活動に携わり、そこで様々な人々に出会い、多くの影響を受けたとのお話しをされました。

世界共通のルールなどを作り、それに従って多くの国々がやり取りを行うことが今や「あたりまえ」となっていますが、「正規化」や「標準化」により枠組みを作ることで「多様性」はどの程度尊重されるのでしょうか。森先生はこの「枠組みの辺縁」をどう捉え考えるのか、この辺縁がどのように変容しているのかを考えることが重要である、と講義冒頭に説明されました。

現在使われている「科学の枠組み」は古くニュートンの時代に男性が作ったものであるとの説明がなされました。伝記として世に出ている有名な科学者はほとんど男性ですが、これまでに女性が科学にかかわることはなかったのでしょうか。森先生は、欧州では18世紀に女性が科学に深くかかわり、サロンを開いて議論を重ねてましたが、それらが表に出る機会はほとんどなかったと説明されました。続けて、伝記は男性が書いたものが多く、女性を科学者として捉え取りまとめたものはないため、科学の発展において女性の活躍が知られる機会はほとんどなく、伝わらなかったのではないかとの考えを示されました。性別にかかわらず誰がその科学的事象を発見し、証明したのか。科学的な事象や反応は人間がいなくても自然界の中で起こるのか、それとも人間が媒介するからこそ起こるのか。科学の発展と人間の関係についても深く考えるきっかけとなる話が続きました。

ここで受講生はグループに分かれてここまでの話を振り返り、感想を話し合うディスカッションを行いました。受講生からは「表に出ていないが科学技術に女性が関わっていたことを知ることができた」、「標準化も多様性も求められている。日本は型にはまることを好み、外れることを恐れることが多いが、このコロナ禍を経て今後どのように変わっていくのだろうか」といった感想が発表されました。

受講生の感想を受けて、森先生から科学技術の枠組みの変容についてお話いただきました。現在、研究成果はピアレビュー後に論文として学術雑誌に掲載されることで世の中に認められる仕組みとなっていますが、その昔は出資者にのみ研究成果を示すことが普通であったため、世に出ていない、見えない成果が多数あるとの説明がなされました。これは、前半に森先生から説明いただいた「表に出ないものは伝わらない」ということを示しており、表に出すことで有効な成果を見つけ出すことにつながり、新しいアイディアが生まれるきっかけにもなることを示すものと言えます。その事例として、学生による実験成果をSNSに掲載した結果、同様の研究を行う研究者からのアクセスだけではなく、異分野から検索・閲覧されたとの紹介がなされ、予期しない人たちとのつながりが生まれるとの紹介がなされました。つまり、一部の関係者だけにアクセスしてもらえる状態にするのではなく、多くの異分野の人がアクセスできる状態とすることが新しいものを生み出す、ということを示していると言えます。

科学で明らかとなる「事実」とは、「人間」という摩擦を排除したところにあるのか、「人間」がいるからこそ(摩擦があるからこそ)あるのか。原因と結果が直線にならないからこそ明らかにする必要があるという森先生の言葉に、はっとさせられました。受講生たちは事前課題のプレコラージュを振り返り、やってみることで「わかっていること(摩擦がない状態)」の中だけで考えるのではなくその外で考える必要があること、「枠組みの外」や「わからないこと(摩擦がある状態)」について考える必要があることに気づくことができました。

最後に途上国支援についてお話しいただきました。日本で作られた道具を現地に運び使用するのではなく現地にあるもので道具を作り、それを用いて教育・支援する、まさに「プリコラージュ」を途上国支援として推奨・実践し、現地での持続可能性を考えた支援を行っているとの話で講義を終えました。

受講者からは「先生のお話を聞いて、科学や学問の世界から現代社会の矛盾点を考えさせられました。自分の身の回りの社会や経験に重ねつつ、違う角度からいろいろなことを考えるきっかけとなり、興味深く聴講することができました。」、「標準化されていない多様なものをありのまま受け止める難しさと大切さがよくわかりました。」などの感想をいただきました。

「標準化」や「規準化」は同じ土俵で話をする際には共通言語となり大変便利なものですが、日常的に出会うものは「わからないもの」ばかりであり、途上国においては標準や基準を遵守することすら難しい状況もあります。「標準」と呼ばれる部分だけに注目し、行うのではなく、その外に目を向け取り組んでみることで摩擦や多様性が生まれ、様々な変化が起こり、新たなものが生まれます。大学で行う精密な実験だけが研究ではなく、新しい発見は日々の生活の中でも得ることができるという森先生の言葉がとても印象的でした。

男女がいるからこそ摩擦が生まれ、新たなものを生み出し真の男女共同参画社会が実現される。標準や基準だけでなく身の回りにあるものを見つめなおし、プリコラージュし、新たなものを生み出すことで真の途上国支援が実現される。科学技術における成果を多くの人たちで共有することが変容や摩擦を生み、そして新たなものが創り出される。「枠の外」を見つめることでいつもの景色が違って見えるだけでなく、新たなものを生み出すのだということを学んだ3時間でした。

文責 内藤 章江(グローバルリーダーシップ研究所 特任講師)