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お茶大生による良品計画へのヒアリング


2022年2月3日

お茶大生による良品計画へのヒアリング

==良品計画による昆虫食商品の開発現場をうかがう==

コオロギを商品にする

片桐(お茶大):様々な昆虫がいる中でコオロギを選んだ理由は?
榊(良品計画):一言で言うと環境負荷が少ないからです。たんぱく質が豊富であり、成虫になるまでのサイクルが早く、また雑食であるため食物残渣を餌にもできるなど昆虫食の中でも今後の発展性が特に高い種類だと考えています。また、コオロギの研究を行っている大学に出会い一緒に取り組めるのも大きいです。
片桐:昆虫食を進めることは良品計画さんにとってメリットがあるのでしょうか?
それとも、企業理念と関係があるのでしょうか?
榊:そもそも小売の責任として物を作って販売していく企業人は環境問題などに対するアプローチをしていく責任があると考えています。その中で商品開発の軸の中には素材の選択があり、良い商品を作っていくためにはどういう素材がいいかをしっかり掘り下げて考えています。今回、昆虫が生かせるとなり、昆虫で食品を作っていくにはどういった昆虫がふさわしいかを掘り下げた結果、コオロギに当たったと思います。
片桐:先日お茶大でアンケートをとったところ、昆虫食に対して気持ち悪いという意見が多く占めたのですが、コオロギせんべいの開発にあたって、企業内で反対意見はなかったのでしょうか?
榊:昆虫食の開発をする食品部自体には反対はありませんでした。ただ、販売前に社員やプレスの方、店長が参加する展示会があり、そこでの反応は賛否両論だったと思います。展示会ではパウダーになる前の生のコオロギも実際に見ることができて、「そういうのが商品になって出てくる時代なんだ、攻めているな」といった前向きの意見もありましたし、「これ売れるの、売れないでしょ」という意見もありました。反対意見というより、反応は様々だったと思います。
片桐:そのような反応の中で販売を進めていくには、リーダーが販売まで推進していったのでしょうか?
榊:商品開発担当者がひとりで引っ張っていく開発体制ではなく、部内で無印良品として販売する意味はあるのか、どういう風にして世の中に出していけばお客様に受け入れていただけるか、社会にインパクトがあるかを、みんなで意見を出していく体制で開発しています。開発担当者の役割はまとめ役であり、会社の意思としてコオロギせんべいをデビューさせたと思います。
片桐:購入者はどのような人が多いのでしょうか?
榊:まだ大量にリピートしていただけるほど生産が追いついていないため、購入者の傾向はわからないです。月にどれだけ生産できるかはコオロギパウダーの量に依りますが、販売頻度は1ヶ月に1回から2ヶ月に1回のペースで行なっています。(取材時点)そして、販売する店舗が決まっていて、その店舗でなくなり次第販売終了となっている、まだ潤沢に供給できていない状態であると思います。ただ、2020年の5月にコオロギせんべいを発売し始めてからもうすぐ2年が経つのですが、納品した分がすぐに完売する様子を見ると、リピートする人がいないということではないと思っています。

コオロギ商品のマーケット戦略

伊藤(お茶大):ここからはマーケット戦略についてお伺いしたいと思います。一般的には昆虫食に対する抵抗感がまだ多くあると思いますが、コオロギせんべいが売れるという予想は開発当初からあったのでしょうか?
榊:売れる予想があったというよりは、売れるように行動したという感じです。どんな商品も商品設計から情報の出し方まで、お客様に興味もっていただけるように努めています。もちろん、社内の反応は様々だったので売れるか不安に思っていた人はいますが、商品部は売れると思ってやっています。
伊藤:コオロギせんべいを販売するにあたってどのような宣伝を行いましたか?
榊:我々はCMを打たないので、基本的には自社のホームページに特設ページを作ったり、SNSで情報配信を行ったりといったインターネットや店頭ツールでの情報発信が主になります。店頭でも定期的に無印良品にいらっしゃるお客様が来た時に目に留まるように、売り場戦略などは行なっています。弊社には売り場開発の専門部隊もいるので、そういったところと協力しながらどういった形の売り場がいいのか考えて実施しました。
斎藤(お茶大)コオロギせんべいやコオロギチョコは問題提起商品で、どれだけ意図がお客様に伝わるかが一番重要とのことでしたが、ディスプレイは店舗ごとに違うのでしょうか?
榊:一応指示は出していますが店舗によって環境が違うことに加えて常設で売れるほど生産量がまだないためその店舗の環境によって店舗の判断で編集していると思います。
伊藤:実際の購買動向は予想通りでしたか?また、売れ行きに地域差はありましたか?
榊:想定していた量はちゃんと売れました。ただ、コオロギせんべいはコンセプトが強い商品だと思われます。嗜好性が強い商品ではなく世の中に問題提起していくようなアイコンとなる商品ですので、どれだけその意図が伝わるかがこの商品の重要性だと思います。そのため、売り場面積が広い大型店舗など、この商品がなぜ売られているか、この商品がどういう存在なのかがきちっと売り場で表現できている店舗がしっかり売れている印象です。
斎藤:どの店舗で販売するかは本部が選んでいるのですか?
榊:はい。売り上げ規模や面積やメディアになる店舗、新店舗であるかなど加味して選んでいます。
斎藤:そうすると地方よりは都会の店舗が選ばれるのでしょうか?
榊:いえ、広く出店しておりメディアにでる店舗が必ずしも東京だけではありませんので。

コオロギ商品の購入層

伊藤:売れ行きに年齢差などはありましたか?
榊:年齢層が偏っている感じはないです。強いていうとコオロギせんべいのターゲットは全ての生活者になります。商品的にもせんべいはどの年齢にも受け入れられやすい商品であると思っています。そのため、若い人も面白いと思って買って頂いていますし、高齢のお客様もまた無印良品がなんか面白いもの出していると買ってくださっています。ただ、無印良品のお客様層の中心は女性や三、四十代であるというベースがあるので、そういう層の方が多く買っていると思います。
伊藤:コオロギせんべいはムジラー(無印良品を愛している人)が買っているのか、ふらっと立ち寄って買う人が多いのでしょうか?
榊:どちらが多いのかは判断しづらいです。そもそもムジラーと言われるコアなお客様の方が来店頻度が高いと思います。毎日売っている商品ではないとなると来店頻度が高い方のほうがその商品に出会うことができると思います。そういう意味では、無印良品をより興味をもって頂いている方のほうがうんと購入率は高いと思います。ただ、広い範囲に訴えかけた商品は無印良品としての新しい挑戦商品ですので、その意味では普段無印良品に行かないけどコオロギせんべいをネットで見たから興味があって試してみる、という方もいらっしゃると思います。どちらが買っていらっしゃるのかは難しいのですが、ムジラーではないお客様にも広く認知していただけた商品だと思っています。昨年のトレンドランキングの中にもコオロギや昆虫食の代表として選んでいただけたので、無印良品をこれで知っていただくきっかけにもなれた商品だと思っています。
伊藤:ネット販売ではお一人様3つまでとなっているのはなぜでしょうか?
榊:一番の意図としてはより多くの人に試して頂きたい段階だからです。話題性の高い商品で生産量に限りがあるものをより広くの方に買って頂いて、昆虫食や環境問題などを考えるきっかけになってほしいと考えています。
伊藤:ネット販売と店頭販売での売り上げの比率はどの程度か教えていただけますでしょうか?
榊:圧倒的に店頭の方が多いと思います。コオロギせんべいについては、店頭の売れ行きがいいと思います。

新しいコオロギ商品の開発

伊藤:次にコオロギチョコについてお聞きしたいと思います。コオロギ商品の第二弾としてコオロギチョコが販売されましたが、この商品を開発された経緯はどのようなものでしょうか?
榊:コオロギチョコを作ったきっかけは、注目されているコオロギで弊社の知見を生かした商品を作れないかと考えたことです。近年、プロテインバーが広く販売されていて、弊社でも1本あたり15g程度のタンパク質が入った高タンパクのお菓子として大豆パフを使ったチョコレートバーがあります。その開発知見を生かしてコオロギチョコを作れないか考えました。
伊藤:コオロギチョコの反響はいかがでしたか?
榊:コオロギチョコはまだ一度しか販売していませんが、反応は二分していてコオロギを感じない普通のチョコバーとして食べられると言う反応と、コオロギの味が気になると言う反応がありました。開発過程でコオロギパウダーの比率を色々試し、コオロギの存在感を感じつつも美味しいと思って食べられるポイントを探してきた中で、コオロギの味が気になるという意見も多く来るかも?と思っていましたが、意外とすんなり受け入れられたという感じです。
伊藤:コオロギチョコとコオロギせんべいでは購買層に違いはありましたか?
榊:そんなにないと思います。今の段階でコオロギを食べてみようと思ってくださる方はコオロギチョコでもコオロギせんべいでも一緒だと思っていて、そういう商品への感度が高い方だと思っています。あとは、しょっぱいのが好きか甘いのが好きかで選んでらっしゃるのかなと思います。

コオロギ商品のこれから

伊藤:今後海外など販売する地域を広げる予定はありますか?
榊:あると思います。現在、国内より海外の店舗数が多くなっています。ただ、今の段階では決まっていません。タンパク源の不足は世界的な問題ですが、海外では昆虫食に関してまた違う感覚があると思われるため、販売を検討する必要もあると思います。
斎藤:海外の展開を考えた時に、昆虫を食べている地域がありますよね?そういうところについてはもっと強くアピールするなど考えていらっしゃるのでしょうか?
榊:今の段階では具体的なプランは上がっていません。
斎藤:それだと日本国内でもイナゴを食べている長野県とかに強く販売促進をかけることはないということですね。
榊:はい、ないです。
伊藤:コオロギに抵抗感があって食べない方もいるかと思います。そのような人たちに今後どのようなアプローチをしていきたいと考えていますか?
榊:ひとつには選択肢があることが重要だと考えています。コオロギせんべいを初めて出したときは、まだコオロギせんべいしか選択肢がなかったのですが、コオロギを使った商品が増えてくれば、いろいろな好みの方に受け入れられるようになるのでは思います。また、コオロギは甲殻類と同じアレルゲンになるため、甲殻類アレルギーの方は食べられず、コオロギを加工できる工場が限られているのも課題です。今まで昆虫を扱ったことない工場では、通常の素材以上に、素材としての特性の把握や、製造工程にリスクがないかなどいろいろなテストが必要ですので、すぐに商品を製造できるわけではないです。今コオロギせんべいを作っている会社は、元々弊社で梅せんべいを作ってくださっているメーカーさんで、すごくチャレンジングで新しい取り組みに貪欲で、一緒に作りましょうとなって商品を作ってくださいました。そのため、新しく協力してくださる工場を見つけて、メーカーさん、生産者さん、小売が協力して商品を作っていかないと、コオロギ食の可能性が広がっていかないのでそこをやっていきたいと考えています。
伊藤:主食にコオロギを持ち込むことは考えていますか?
榊:主食よりは肉とか魚に該当する素材だと考えているので、今のところは考えていないですが、おかかのようにタンパク質源をご飯にかける可能性はあるかもしれないです。ただ、今のところは、より幅広いお客様の層に試していただけるよう、食べやすいせんべいやチョコバーにしています。ただ、コオロギはうまみがあることがわかっているので、それを生かした商品が作れたら面白いなと考えています。

広く昆虫食について

片桐:次は、昆虫食一般についてお聞きしたいと思います。先ほど昆虫食を販売するにあたり工場の問題があったとのことですが、他にもコストや法律などで困ったことはありましたか?
榊:原料が大量生産する体制に追いついていないのでコストについては高くなるのは当然だと思います。大量生産できない理由は、生産施設がないというよりは、コオロギは新しい食材のため、安全性の確認や何を食べさせたらどのような味になるかをトライしながら作っている原料だからだと思います。最初は姿焼きのようなおせんべいの中にコオロギがそのまま入るものもやりたいと考えていましたが、足が取れやすく飛んだ足がメーカーさんの他の商品に入るリスクがありました。そのようなリスクを把握する段階のため、各工程の安全性を確認しながら進めていく必要があることが制約ではあります。
片桐:コオロギパウダーを利用した理由は異物混入が生まれる可能性があったからということでしょうか?
榊:それだけではないと思います。生産効率とか製造効率、加工しやすいかということも含めてコオロギパウダーを選択したと思います。
片桐:今後日本で昆虫食は定着していくと思いますか?
榊:時間をかけてではあると思いますが、定着していくのではないでしょうか。あとは昆虫食だけではないかもしれませんが、例えば大豆ミートなど畜肉に代わるものはもっと見直されると思います。昆虫云々よりは環境負荷の少ない食品は各社商品開発を入れていくべきだと私は思っています。
片桐:なるほど、環境負荷を考慮した食材自体が普及していく一環でコオロギも普及するということですね。

食材としてのコオロギ

片桐:我々のプロジェクトでもコオロギを普及させていきたいと考えていますが、コオロギ自体の改善してほしいところはありますか?
榊:味や商品として美味しいと受け入れられることもすごく大事なので加工属性を上げていくことも大事ではあるのですが、昆虫生産が完全循環型のものになることを期待しています。昆虫がそのような素材になっていくとすると、社会へのインパクトは非常に大きいと思っています。
片桐:私たちのプロジェクトでは、コオロギを家畜化する過程でゲノム編集の利用も検討していますが、企業側としてはゲノム編集したコオロギを活用することは考えていますか?
榊:今は考えていないです。ゲノム編集するとエビカニなどのアレルゲンが解消されることがあるため、それを研究されていくこと自体はすごく良いことだと思います。ただ、ゲノム編集の安全性を評価できる段階にないので、我々も勉強する必要があると思いますが、研究者の方から情報開示がされていけば各小売やメーカーが判断していくと思います。
片桐:昆虫食の販売を始めたことによって、消費者からもっと昆虫食を販売してほしいという声はありますか?
榊:地方にも出店を強化しているため、まだコオロギせんべいなどが届いていない地域が結構あります。それにより、お客様が今まで来ていなかった店舗にも来てくださっていて、その店舗からいつ入荷するかとのお問い合わせはあります。お客様から店舗に声があって、店舗からこちらに来ているという感じです。
片桐:コオロギせんべいは注目されていますね。
榊:そうですね。一回の話題性に終わらず、2年間話題性が継続されている感覚はあります。
由良(お茶大)お話を伺っていて環境負荷が非常に消費者に対して重要であることは大変感銘を受けたのですが、それは良品計画さんが今まで作ってきたポリシーなのでしょうか?環境負荷をいかに減らしていくのかが非常に重要であることを客に知らせ、そういう商品を買うようにするという戦略なのでしょうか?
榊:教えていったというほど偉そうなことは言えませんが、元々商品開発、商い全体の方向性の中にそのような思考はすごくあります。例えば弊社の綿商品では全て環境負荷が少なく、作っている人にも優しいオーガニックコットンを使っています。他にも、本質的に美味しさが変わらないならば、捨てられていた不ぞろいのものを使って、食品ロスがなくす取り組みを行っています。このように本質に向き合った商品開発が軸にあります。我々は本質に向き合った商品開発を粛々と行ってきました。現在SGDsへの価値が上がってきたので、自然とそこに沿ったという形だと思います。
由良:非常に興味深いですね。我々はコオロギを家畜化していく大きな国家プロジェクトを動かしています。我々の理系的な興味と良品計画さんの環境負荷への関心が合っていくことが面白いと思っておりました。私自身はコオロギを主菜に広げていくことに非常に興味がありますが、現在良品計画さんはお菓子に戦略を張っておられる。タンパク質ということを考えるとどこかの段階で主菜になっていかないといけないと思っているのですが、そういう将来像はお持ちなのでしょうか?
榊:コオロギを食材の1つだと思っているので、今後そういったことは大いにあると思っています。一昨日グリラスさんと商談させていただいて、その際にコオロギには旨味があるそうでカレーとかを商品にしていると聞いたので、そういう可能性はあると思います。そのため、コオロギ自体がどういう加工特性があるか色々チャレンジしていきながら製品化していければいいのではないかとは思っています。
由良:私が12月に書いた「明るい食生活」では、グリラスの商品を紹介しながら私の考えであるコオロギコロッケなどが食卓にのぼる世界を作っていきたいと書きました。その点ではグリラスさんとも一緒にさせていただきたいと思っています。